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はじめに
本連載初回の「初めてのbath」をまとめる際に,参考文献とした『日本産事紀要』の中で気になる箇所があった。それは,「賀川蘭斎の『産科秘要』に,沐浴後生児を浴衣に包み,身体の乾くのを待って直ちに衣服を着せ云々とあるのをみると,文化文政の頃には,襁褓に巻いて着衣祝いの日まで衣服を着せない習慣は,少なくとも京都付近ではすでに改まっていたことが想像できる」1)の下線部分である。生まれてすぐ新生児に衣服を着せずに,襁褓で巻いた理由は何だったのだろうか。
襁褓とは,「生まれたばかりの子に着せる産衣」あるいは,「子どもの大小便を取るために腰から下を巻くもの」である。産着の習俗を調べてみると,襁褓は後者のいわゆる「おむつ」の意味で使われており,身体を巻くものとしては用いられていない。むしろ,たとえば,「生まれた時はツヅレ(破れたのを継ぎつづった衣)で巻いておき,生まれた後に着物をこしらえた(福井県)」「産着は3日目に着せる。生児はヌキデ綿(着物の古綿など)に包んでおいて,それから後に袖通しを着せる。産着をテトオシ,三日衣装という(長野県)」「ムカイジョウ(六日生)まで古い着物で包んでおく。産着は嫁の親が持ってくる(大阪府)」というように,古着で巻くということが広く行なわれていた様子がわかる2)。しかし,巻く理由までは解き明かせない。
理由を探していたとき,思いもかけず1冊の本,吉野裕子著『日本人の死生観――蛇,転生する祖先神』に出会った。「蛇が人間の祖霊であるならば,人の誕生とは蛇から人間への変身,人の死とは人間から蛇への変身」3)という仮説の論証をしているのであるが,そこには,私の疑問に対する直接的解答があった。今回は,生まれたばかりの新生児を「古着で巻く」理由を,この本から引用しつつ,紹介したい。
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