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はじめに
前回は,産育習俗である「出生後はまず古着で包み,数日後にはじめて袖のある産着を着せる」ということに疑問をもち,その謂れが「古代日本人の蛇を祖先神とした信仰」にあることに納得したという話をした。要約すると次のようになる。人間の姿は蛇の現世での仮の姿であり,産屋では人間は蛇の姿に戻り,蛇の子を産み,その蛇の子は,産屋から現世に出たとき人間の姿になる。つまり,生まれた子は蛇から人に変身するわけだが,その変身は蛇の脱皮と重ね合わされた。そして,変身の呪物には,蛇の脱皮を擬く物実として,脱皮前の蛇の古い皮にはボロ衣,脱皮後の新しい皮には産着が用いられたということである。
古代日本人の精神性は新生児に2種類の衣を必要としたのだが,考えてみると,蛇信仰は論外として,現代でも同じように思えることがある。99.8%が施設内出産という現状では,新生児のほぼ全員が施設の準備した産着を着ているはずである。その産着は洗濯され清潔ではあっても,何人もの新生児が手を通した古着である。そして,退院の時に初めて,親・家族が準備した(新品の)産着が着せられる。施設という「産屋」から出て,現世である家庭に入るために,「古着」から「産着」に着替える。現代の新生児にも,2種類の衣があるわけである。
このような2種類の衣を,母親たちはどのように思っているのだろうか。本連載第4回「へその緒」で協力していただいた3人の母親とメールでやり取りをした。その主な内容は,産着を準備するときの気持ちや思い,準備していた産着を着せた時の気持ちや思い,施設で着ていた産着についての思いとした。このやり取りでは,産着を「生まれてくる新生児が着る衣類」として使った。
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