ある小児科医の手記
今,私は歩きはじめた—その1
日下 隼人
1
1東京医科歯科大学医学部小児科学教室
pp.241-246
発行日 1976年4月25日
Published Date 1976/4/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663906981
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1.裸の王様
“裸の王様”という童話のあることは,きっと私たちのだれもが知っているだろう.私も子供のころその童話を読んだ記憶があるけれども,その時の教訓が何であったかは覚えていない.それはともかく最近,病院にいる私たちもある意味で`裸の王様'なのではないだろうかと思うようになってきた.まずその辺から話を始めようと思う.
たいていの医師は(私は医師なのでここでは医師のことを中心に述べることにする)たしかによく働くというのが実際なのだろう.1日8時間くらいしか働かない医師には(少なくとも私のいる病棟では)お目にかからないし,深夜まで働いたり,真夜中にたたき起こされることも珍しくない.時には文字どおり寝食を忘れ休日も日曜日もなくなってしまう.ややもすれば私生活などはどこかへいってしまいがちでさえある.そのため,こうした私たちの行為には多かれ少なかれ自己犠牲的な面が付随しており,私たち自身も犠牲的精神で自分が働いているような気持ちになりがちである.しかも医療行為というものは,本来病気で苦しんでいる人から苦痛や障害を取り除いて助けるということを本質としているので,こうした自己を犠牲にしてまでも働く懸命さと人助けとが結びつく時,私たち医療従事者は,善意に満ちており,‘正しいこと’‘良いこと’をしてあげているという感覚にどうしようもないほどひたってしまうのである.そういうことを私たちの行為における負の側面としてまず知っておきたい.
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