私の提言
地方における看護教育の改善を
粥川 志づ
1
1高山赤十字高等看護学院
pp.289-294
発行日 1973年5月25日
Published Date 1973/5/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663906672
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はじめに
‘現在は看護の過渡期である’というコトバをよく耳にする.しかし考えてみると過渡期でなかった時代はいつあっただろうかと思える.戦後をみても昭和20年代は終戦直後の混乱の中で制度改正が行なわれた.その結果甲種・乙種看護婦はなくなり,全国各地で新制度看護教育がスタートし,看護婦・准看護婦が生まれた.教育のレベルが高くなったと安堵したのもつかのまで,30年代にはいって病院争議の火の手が上がり全国各病院に延々と波及した.そのほとんどが看護婦中心の権利闘争であったが,これは従来の古いカラからの脱皮であったといえようか.
基本的な待遇改善がなされ一段落すると,社会の要求に応じるための患者中心の看護,看護を専門職に高める努力が新カリキュラムとなって現われた.これが40年代.
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