連載 癒しの環境・5
無認識
高柳 和江
1
,
クミコ・クリストフ
1日本医科大学(医療管理学教室)
pp.388-391
発行日 1995年5月25日
Published Date 1995/5/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663901110
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「いくよ」と,涼しい若い女性の声がひびく.広い本屋のレジ近くである.一瞬おいて「ギャー」と泣く声が聞こえた.みると3,4歳位の男の子が,本棚の合間を狂気のように駆け回っている.その悲痛な声に,誰も返事をしない.心を引き裂かれるような声が,むなしく響く.さっきの母親とは,別の人の子どもの声か.世の中さまざま.さっきはお母さんに手をひかれて,暖かく出かけた子どももいた.ここには,ほったらかしにされた子どもがいる….
それにしても,長い間泣いていることよ.子どもは母親をさがし疲れて,座り込んで,しゃくりあげている.側にいって,声をかけようか.いやいや下手に声をかけると誘拐魔と間違われる.めったなことで声はかけられん.それに店の人がいるではないか.いったいこの店の人は何をしているんだろう.ここがアメリカだったら,幼児虐待で警察が呼ばれるところだ.くだんの子どもは,また立ち上がって,泣きじゃくりながら,奥の本棚に向かってとぼとぼと歩きはじめた.
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