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恩師の遺言となった看護観
「看護は,患者さんとの信頼なくして実践できない。立派な看護師になるより自分を頼りにしてくれる信頼される看護者になりなさい」と,今は,亡き恩師に言われた言葉が,私の看護人生に大きく影響を与えている。国立療養所福岡東病院附属看護学校での担任だった坂ノ上淳子先生は,知的で清潔感あふれたとても美しい方で,教養あふれる女性としてクラスでも憧れの先生だった。学生たちは全寮制という環境のなか,初めて親元を離れた生活が始まり,唯一さびしさを紛らわせてくれるのが講義の時間であった。看護に対する使命感と責任を情熱的に話されていた先生の影響は強く,今でも心に深く残っている。それは,看護概論の授業で,「先生が夜勤をしていたときに,きまって便意を催す患者さん」の事例を紹介された話である。その方は,〈申し訳ないねぇ,他の人だと緊張して頼みにくいけど,あなたが夜勤だと安心して頼めるの,体が自然と反応するのよ(後略)〉と語っていたとのこと。
この事例は,患者がいかに看護者に気をつかっているかということを如実に物語っている。看護するための技術は,看護者にとって基本的なことではあるが,その技術が患者のために活かされなければ,ただ学んだだけにすぎない。特に,排泄の援助は人間としての尊厳を守るため,最もプライバシーが保持されなければならない大きな問題である。それを気兼ねなく頼まれる看護者になるとは,看護全般に対して「倫理的配慮ができる看護者となること」だと話されたことになる。また,看護実習では診療介助(診療介助は訓練すればだれでもできるようになると言われていた)よりも“精神的看護”つまり患者の心に寄り添う看護者になれと鍛えられ,患者が必要としていることに応えるのが看護の役割であるとも教えられてきた。この考えは,その後の患者理解に大いに役立つことになる。「看護は患者と看護者の信頼のうえに成立する」という言葉は,私の心に深く刻まれ“座右の銘”となった。その後,坂ノ上先生は国立長崎中央病院(現在の国立病院機構長崎医療センター)の看護部長から,旧九州地方医務局の看護専門官を経て,旧厚生省の国立病院課の看護専門官として,全国の看護職の指導者として活躍されることになった。
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