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【新しい教育技法】「弱者を知る道徳教育:ホームレスシェルターでの看護学生の実体験」から
年末年始で何かとお忙しいと思いますが,皆さまいかがお過ごしでしょうか。こちらアメリカでは,米政府機関の一部閉鎖の一因ともなった,来年にいよいよ実地されるオバマケアが今大きな話題です。サンフランシスコ市民で独身の場合,年収$45,960(約450万円)以下で連邦補助金の受給資格があります。この高い収入ラインは,この街の物価と医療費の高さがよく表われているのではないでしょうか。サンフランシスコは,12人が集まればそのうち1人はミリオネアで3人は低所得者(そのうち1人は失業者)といわれる貧富格差が大きな街です。家賃も高く,職を失うと同時に住む場所を失い,また健康保険を失う人たちが後を絶ちません。そんな社会的弱者が行き着く場所,ホームレスシェルターでの臨地実習の試みが今号のJNEで紹介されており,無料診療所で実習指導者をしている立場として興味深く読みました。この道徳性を養うための実習カリキュラムは,critical social theory(批判的社会論)を元に組み立てられています。学生たちは偏見がある物事に実際に関わり,その実体験を通して自分の価値観や心情,思い込みなどを見つめ直し,実践意欲や文化適応能力を向上できると考えられています。この思考を元にした道徳教育カリキュラムはさまざまな分野で実践され,被験者の弱者に対する偏見や先入観を減少させた成功例が多数報告されています。この論文でも「ホームレスと自分たちには多くの共通点がある同じ人間だということがわかった」との感想や,ホームレスを敬う気持ちが学生たちに芽生えたということが紹介されています。
このように看護学生が社会的弱者と実際に関わる機会を与えることは良いことですが,学生たちの安全やメンタル面でのサポートの重要性を忘れてはいけません。私たちのクリニックの患者の多くは,私たちに神の祝福の祈りや力強い愛に満ちたハグをくれ,なかには数日掛けた物乞いで手に入れたなけなしの小銭を「クリニックのために」と手に握らせてくれる患者もいます。しかし,いつ危険な目に遭ってもおかしくないので気を張っていなければいけないもの事実です。例として,先日も性転換治療を始める前の検査でC型肝炎の疑いが見つかり,ホルモン療法が保留になったことが気に食わなかった患者が暴言を吐き暴力的な態度を取りました。もし警察に出向を頼めば,覚醒剤乱用がみられるこの患者は拘置所送りになり,また私たちが見捨てれば他に行く場所がなく,今までのようにブラックマーケットで手に入れた“ホルモン剤”を打ち,その打ち回しの注射針で他人をC型肝炎に感染させるかもしれません。そのような恐れから警察を呼ぶのも追い出すのも躊躇してしまい,話し合えるまで患者を落ち着かせるようにスタッフたちに協力を求めました。そんななか,実習生たちは診療室に避難させましたがショックと動揺は大きく,しばらく話をして落ち着かせ,何かあればすぐに連絡をするようにと言って帰らせ,大学関係者にも報告をしましたが,彼らのメンタル面が心配でした。私につくリーダシップまたは看護管理専攻の院生たち,医師につくナース・プラクティショナーの学生,看護師につく看護学生数名が一度にシャドーイングに来ることもあるのですが,その際には指導者としての責任と任務のプレッシャーが圧し掛かります。文化適応能力の高い医療者が一人でも多く育つよう,学生の受け入れを積極的に行っていますが,もう一度大学側と議論する必要性があります。この論文では,教員や実習指導者の役割や義務にはふれていませんが,このような社会的弱者対象施設が研修先の場合には,学生たちへの心身の両面の安全と安心を確保することを学校側は特に気をつけるべきだと思います。
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