連載 私の一冊・36
「あなた」と「わたし」, そして「生」と「死」
津田 篤太郎
1
1北里大学大学院医療系研究科東洋医学講座
pp.470-471
発行日 2008年5月25日
Published Date 2008/5/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663100930
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せんせいありがとう
医師になって3年目に,予後の非常に悪い肺疾患の患者さんを受け持った。どんな治療にも全く反応せず,呼吸状態がどんどん悪化していく。私にできることといえば,呼吸苦を少なくするためにわずかな麻薬を使うぐらいだった。その患者さんは亡くなる数時間前に,酸素飽和度が30%台という苦しい息の下で,ぶるぶる震える字で「せんせいありがとう」と書いたのだ。私はそのとき病室にいなかった。死亡確認の直後にご家族からその紙を渡されたのだが,こともあろうに,私はその紙をご家族に押し返してしまった。
そのときの気持ちは,自分は患者さんのお役に全く立てず,「ありがとう」と言われるのは申し訳ないという気持ちで一杯だった。しかし,後から考えると,やはりいただくべきであったと,今でも後悔している。自分は死に行く患者さんの気持ちを受け止められない,患者さんの死を直視できない意気地なしのように思われた。
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