特集 看護の歴史はおもしろい 語り継がれる人と時代
第5部 未来に向かって
【対談】私たちの看護管理―戦後から今日まで,そしてこれから
内田 卿子
1
,
嶋﨑 佐智子
2
1元聖路加国際病院
2医療法人社団カレスアライアンス統括看護介護管理部
pp.1062-1069
発行日 2006年11月1日
Published Date 2006/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663100539
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若くして看護管理者に
内田 私は,1949年に聖路加女子専門学校(当時は東京看護教育模範学院)を卒業しました。授業は日赤・聖路加の先生をはじめGHQのアメリカ人の先生で通訳つきでした。卒業して1年間,聖路加国際病院で働き,その後の4年間,下関の学校で保健の教員として,また衛生管理も合わせて行いました。
その後,聖路加国際病院に戻ってきたのですが,その日から主任でした。いきなり管理職になったわけで,何をしていいかわかりませんでした。副主任の人にはよく助けてもらいました。ただ,下関の学校にいたときは,全体的な組み立てをしなければいけなかったので,4年間の衛生管理の経験は役に立ちました。
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