特集 看護の歴史はおもしろい 語り継がれる人と時代
第3部 慈恵の看護教育と実践
慈恵の看護とナイチンゲール
平尾 真知子
1
1東京慈恵会医科大学医学部看護学科
pp.1034-1035
発行日 2006年11月1日
Published Date 2006/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663100533
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ナイチンゲールから学んだ看護
イギリスで1860年に開始されたナイチンゲール方式の看護教育はイギリス国内,大英帝国圏内の諸国,諸外国に伝わった。東アジアに位置する日本にこの方式が取り入れられたのは約25年後の1885年で,イギリスに留学した医師高木兼寛の創設した有志共立東京病院看護婦教育所においてである。高木はセント・トマス病院医学校に5年間留学した。そこにはナイチンゲール・スクールがあり,病棟で患者にケアを行う訓練を受けた看護婦や実習中の見習生に接したと想定される。
高木はナイチンゲールについて,看護婦を教育したことよりも看護婦を世に知らしめた人物としてとらえ,のちに「英国の婦人でミス・ナイチンゲールという人が,ドイツで看護婦学を修めて本国に帰っていたときにクリミヤの戦争が起こり,この戦争で多数の負傷者ができたけれども,看護が届かぬところから何とかしてこの困難を救いたいと思い,28人の看護婦を引率してクリミヤに出張し傷病者の看護に従事されたのが,すなわち看護婦が今日のごとく世の中に称揚されるもとになった」と記している。
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