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はじめに
本稿の放射線とは,この連載で既述(1999年2月号,10月号)の“電磁界”,すなわち放射線のなかでもイオン化(電離)する作用がない放射線ではなく,X線やコバルト60(60Co)のガンマ(γ)線,放射性元素のように,電離や励起作用がある,いわゆる“放射線”を対象にします。一方,放射能とは,放射性核種(原子核内の陽子と中性子の和,すなわち質料のみによって分類される原子のこと)が他の核種に変わる(崩壊する)性質(単位はベクレル,Bq)を指すのですが,その際アルファ(α)線,べータ(β)線,γ線などの放射線を出します。
さて,本題が大きな話題になった最近の例としては,1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故が挙げられます。事故直後には,全国各地で異常な放射能が検出されました。その後,1995年に高速増殖炉“もんじゅ”のナトリウム洩れ事故や,1997年には旧動燃・核燃料再処理施設の火災,爆発事故などが発生しました。しかし,環境への放射能(線)の漏洩や周辺住民への影響はほとんどなかったか,あっても無視しうる程度に小さかったことは不幸中の幸いでした。最近では,環境放射能(線)に関する話題よりは,むしろダイオキシンなどの有害化学物質による環境汚染の方が大きな話題になっていると思っていました。
このような矢先(しかも本稿の校正締め切り48時間を前にして),「はじめに」の一部をどうしても書き改めなければならなくなりました。いうまでもなく,9月30日に発生した東海村のJCO社の事故のためです。もともと自然界に存在する放射能核種(後記)であるとはいえ,全く信じ難いことに,むき出しに近い状態の核燃料を一般的な小規模化学工場のような施設(しかも手作業の処理操作過程)において扱い,原子炉で起こっているような核分裂の連鎖反応(臨界)を突然起こしてしまったのです(しかも,その反応を制御する施設や設備も全くない状態で。筆者は“臨界”と聞いただけで恐怖を感じました)。幸いにも,このような状況をいち早く察知した専門家の判断により連鎖反応は停止され,同時に環境中への中性子線の漏洩も停止し,緊急事態はとりあえず終息したのです。
各報道で承知のとおり,対応の遅れや多くの課題の指摘もありますが,関係機関は原子力の防災対策や指針などに従い,それぞれ行動したと思っています。周辺の農水畜産物や飲料水に関する10月2日までの緊急の放射能(線)検査では,幸いにも心配な値は検出されていないようです。このような事件,事故を含め本題に関する理解を目的として,「放射能(線)とは」「環境中の放射能(線)」「被曝線量」「被曝の影響」などの概要を述べてみたいと思います。
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