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はじめに
世界人口の都市化は今世紀の後半より急激に進行し,今日,とくに開発途上国でその傾向は顕著である。1950年から90年までの40年間に世界の都市人口は7.3億からその約3倍に当る23.9億に達したが,同じ時期,開発途上国における都市人口は2.9億からその5倍以上に相当する15.2億に増加した。途上国における都市人口の年間増加率は現在30%を越えているが,この傾向は今後さらに20年以上継続するものと推定されている1)。
都市化に伴う産業化の進展や生活様式の変化は都市住民の間に悪性新生物や高血圧,心疾患,脳血管疾患など生活習慣病の発生率や有病率を上昇させてきたことが指摘されているが,とくに開発途上国の大都市の低所得者層の居住する高密度居住地区いわゆるスラムでは,生活習慣病や精神疾患などの先進国型の疾病に加え感染症や小児の栄養不良といった旧来の途上国の農村型の疾病もまた同時に高頻度で生じている2)。さらに農村地域と異なり,居住者の出入が頻繁で地縁共同体や職業共同体を持ち得ない都市スラムではPHC活動の推進も容易ではなく,途上国の大都市のスラムにおける公衆衛生活動をますます複雑,困難なものとしている。
今日タイの首都バンコクもまた,開発途上国の大都市における典型的な公衆衛生的課題に直面している。面積1,569kmの低地に556万(1992年)の居住者を擁するバンコクでは近年急激に人口が増加しており,2000年の都市人口は1,100万を越えると推定されている3)。急激な人口増加と産業化による生活環境および住民の健康の悪化は深刻であり,とりわけ100万人以上が居住していると推定される約1,000箇所の都市スラムにおいてその傾向は著明である。
本稿ではバンコクの都市公衆衛生の現状の概要を述べるとともに,筆者が大阪大学医学部公衆衛生学教室に所属していた1993年から96年の間,バンコクの都市公衆衛生の改善を目的とするパイロット・プロジェクトとして,同教室とバンコク都庁が計画,実施した都市スラムでの地域住民による公衆衛生活動の試みを紹介する。
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