連載 自分史からみた群馬の国保保健婦活動・9
農業会郡支部の保健婦へ
内堀 千代子
1
1元群馬県国保連合会
pp.112-114
発行日 1983年2月10日
Published Date 1983/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662206628
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現場を離れがたかったけど
戦時中も戦後の混乱期も保健婦の再教育や活動に必要な情報連絡は,県農業会と国保連合会,それとすでに結成されていた保健婦協会が中心でした。県の保健婦協会長は当時県農業会にいて,保健婦の養成や指導をしていたSさんが引き受け,先輩も少ないので私も理事の1人としていろんな仕事を手伝いました。まだ会の運営が軌道にのらない頃ですからその事務量は相当なもので,私達は集まるたびに保健婦協会の専任書記がほしい,身近な郡の段階にも世話役がほしいと要望をくりかえしましたが実現しませんでした。
ところが戦後の混乱で国保事業が衰微して,保健婦の退職があいつぐ状況に県当局も看過しできず,特に群馬県は農協による国保の代行組合が多かったので,当時の県農業会の各郡支部へ保健婦を配置して,国保事業の再建と保健婦の相談援助をさせることが具体化し,そのなかの1人として私のところへもその話がもちこまれました。誰か身近なところにまとめ役がほしいと真剣に要望してきたものの,まさか自分のところにまわってくるとは思ってもみませんでした。
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