保健婦鞄とともに
ある保健婦の足跡
秋葉 きつの
pp.6-8
発行日 1956年6月10日
Published Date 1956/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201206
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S保健婦は,南北5里の山深い寒村の役場に勤務して,4年の間,公衆衛生には未開の荒地をセツセと耕し,其処に立派な種を撒きつけ,花の蕾がほころびる頃,そのみのりを見ようともせず,何故そのもぐらの道のような村と,めくらにも等しい村人をあとに希望のすべてを失つて立去つてしまつたのだろうか.
Sは日本海の荒波洗う港町の生れであつた,そのために,寒さと荒波に鍛えられて育つた強い個性の持主であつた.終戦と共に満洲から締め出された敗戦の鞭にうたれ,追いまくられて引き揚げて来た.いわば「流れる星」の1人であつた.住む家もなく,食うに食なく,着る着物もない故国は,引き揚げ者のSたちにあたたかいところではなかつた.しかし,Sは自分の進むべき道を,保健衛生に指針をたてて,あらゆる苦難と戦い,唇に歯跡を立て乍ら勉強して,遂に保健婦の資格をとつた.
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