今月におくる言葉
よどんだ水
pp.5
発行日 1955年10月10日
Published Date 1955/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201034
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何気なく過している束の間のうちにも時は容赦なくたち,時代は移り変つていく.恰度,川の水が毎日毎時,或は毎分毎秒,絶え間なく新しい水を加えて,大海に注いでいるように私共の職場にも,毎年其の時期が来れば,新しい勉強と研鑚を努めた若い卒業生が送りこまれて来る.
新鮮で,情熱にもえた,若い働き人は,経験を積んで,次第にその深さを備え,厚みをつくり,重鎮として,職場に尊ばれていく一方,既に永年を過した先輩は,次々と,後に続く者達に席をゆずつて、職場から去つてゆき,自ら,新陳代謝が行われていくところにその仕事の成長があるのであつて,これはごく自然の現象であり,人生の原則なのであります.ところが,時に,人生の流れは,川の中央に出来た深みのように,ひどく一カ所に水がたまり,よどんで,そこには,新しい水が入るすきまもなく,徒らに古い水のみ沈澱物と共に残つてしまうことがあつたり,目にはみえない程の小さい口ではあつても,そこからたえず水が出ていくことによつて,美しくすんでいる池が,その口を木片や木の葉などの為にふさがれて,出口を見失い,鏡のようであるべきはずの池の面を,くもらせ,山の姿も,人の姿も写し出さないみにくい姿のみになつたりすることがあるのです.こんな時,誰かが気がついてその物を除いてくれるか深みの水をかき出してくれるかしない限りその水はそのまま古びてくちてしまうばかりです.
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