今月におくる言葉
山村のなやみ
pp.9
発行日 1955年9月10日
Published Date 1955/9/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201012
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この山越えれば隣の県という山村の部落に乳児を訪ねる.自転車がやつと通る程の細い道から数歩わきに入る.家の前には猫の額ほどの畑が十株ばかりのナスを植え,囲りを丈の高いトウモロコシでかこんでいる.外から土間に一歩ふみこんだはいいが,急に暗くなつたので何もみえない。馴れて来たら土間のつづきが板敷の室で,イロリがきつてあるのもわかつたし,北側に明りとりの高窓がついているのもみえた.此の窓には硝子がなくて紙がはつてあるのだが,それがやけたのと,イロリの煙でうす茶色くなつているために室が暗いわけなのである。板の間の奥に1尺ばかり高くなつて板戸のあいているところからみえるのが寝室であろうヘリのないあかい畳がのぞいている.その戸をあけてやせた母親がよく肥つた乳児を抱いて出て来た.25〜6才だというのに,10年も老けてみえる.母親の手に余るみたいにみえる乳児はよく肥つてはいるが,変に生白くブヨブヨしている.終日この陽の入らない室にねかされているためであろう.たてつづけに4人の子の母になつたこの若い母親の最初の相談は4人目をうむか否かであつた由だが時期を失つてしまつてと,力なく笑う.開いている戸の間から1人の女の子が出て来た.やつと歩けるみたいで不安定,じつとみていると何かおかしい.みられたと気付いて,母の後にかくれてしまう.上から2人目というから.この乳児との間にもう1人あるわけだ.
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