--------------------
堀辰雄逝く
長谷川 泉
pp.41
発行日 1953年8月10日
Published Date 1953/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200574
- 有料閲覧
- 文献概要
一度讀んだら忘れられない印象を心にふかく刻み込む清純な作品を書き続けた作家堀辰雄が死んだ。5月28日午前1時半,長野縣軽井澤の療養先においてである.この天才的資質を持つた作家の生命を,結核菌はついにむしばみつくしたのである.
まこと,むしばみつくしたという感が深い程,堀辰雄の療養生活は長かつた.彼が最初の発病を経験したのは,「ルウペンスの僞画」の初稿完成後である.これは昭和2年のことである.それ以来,彼の出世作である「聖家族」脱稿後のサナトリウム生活から,彼の,作家としてまた詩人としての生活は肉体をいたわりながら孤高の境地をひとり靜かに開拓していつた.「美しい村」も「燃ゆる頬」も「恢復期」も,そして代表作である「風立ちぬ」も「菜穗子」もみなそのような孤独の自我をみつめる,沈潜し,とぎすまされた精神の所産である.このような作品は,決して世俗にまみれるなかからは出て来ないものである.
Copyright © 1953, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.