東西詩華集
病—堀 辰雄
長谷川 泉
pp.44-45
発行日 1952年9月10日
Published Date 1952/9/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200362
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日本における近代文学の多くの潮流の中でフランス文学の香気を拔いてしまつたら,かなり味気ないものになつてしまうであろうが,堀辰雄は日本の近代文学の中に清新なフランス文学のエスプリをただよわせているユニークな作家である。彼の作品は,初期の「不器用な天使」の頃から代表作「風立ちぬ」「菜穗子」などにいたるまで,一貫してすがすがしい詩人の眼にあらわれた清澄な筆致によつて追随を許さぬ独自の境地を開拓している。戦後の文壇にフランス文学の香気を放つてむかえ入れられた中村真一郎の文学にしても-高時代から個人的に接触した堀辰雄の詩的雰囲気や文学的人間像の影響を無視しては考えられない。堀辰雄の高貴な魂は「四季」にも多くの足跡を残したが,彼に私淑する作家,詩人は跡をたたず,病弱と芸術的良心の故に寡作である彼の作品が凝つた一顆の宝の如く愛読者に迎えられる熱度はかなり高いものである。
彼は芥川竜之介の知遇を得,また室生犀星からも愛された。彼に師事し,彼の稟質を受けた者の一人に若くして逝いたすぐれた詩人立原道造がある。芥川竜之介,堀辰雄,立原道造,中村真一郎という一つの系譜の中には,たしかにそのようなつながりを一つの文学系譜として成立させる或るものがあることを感じさせるであろう。
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