東西詞華集
暮れゆく空
関口 修
pp.47-49
発行日 1952年6月10日
Published Date 1952/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200302
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
丁度その日が公休に当つていたので,ボーナスを貰うと,A子は叔母の見舞に西爪を購つて,下曾我へ行くことにした。汽車は相変らずの混雜で,品川から立ち通しであつたが,大磯でやつと席が空いたので,窓に凭りかかつて風を入れている時,発車間ぎわにあわただしく飛びこんできて,隣りに腰をおろした客があつた。癖毛の醜い中年の女だつた。息を彈ませながら背中から下ろして,膝の上に載せた男の子は三つ四つらしかつたが,白絣の着物で,この暑さなのにラシヤ地の大きな学生帽を被つていた。そして周囲の話し声に大人らしく耳を傾けながら,時々帽子の庇を押し上げるのだが,その瞼はヂッと閉ぢたままであつた。子はその顏をさしのぞいて訊いた。
(坊や,お目々が惡いの?)
Copyright © 1952, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.