書評
—金子 光著—ながれ—保健婦の手記,他
I
pp.55-56
発行日 1951年11月10日
Published Date 1951/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200181
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荒川放水路の下,西新井のバタヤ街にアメリカ人のミス・ペインの開いた愛惠學園がある。そこの小兒健康相談部へ,うらわかい保健婦が赴任する。そして貧しい人々の生活のうみ出す,あらゆる不潔,無智,悲慘,不幸にまともにぶつかつてしまう。しかし若々しく疲れを知らない肉體や勇氣のある雄々しい魂は,たじろがず,ひたむきに,その中に突進する。すると,そうした悲慘な生活風濤に溺れ漂つている人々の日々の營みの中に,やはり美しい人間性が星のように光つていることを發見する。日ごとの任務は重く暗く悲しいけれども,その人間性の光は,何ものにも換え難い報酬と慰籍を,彼女にてり返してくる。だから彼女は仄かな滿足と,なお力及ばない焦燥とを覺えながら,疲れた手にペンを持つてその貧困と不潔の世界に住む人々,ことに,そこに生れ育つていく子どもたちの生き生きとした姿を,力をこめて描いて行く,彼女の筆はなお稚い,だから現實の重量に壓倒されて萎える,しかも彼女の胸に,春の小川のように音を立てゝ流れ,ふちを越えて溢れるあるものが,彼女の筆のとゞまることを許さない。それが人間と人間とを結ぶ愛の流れであることを読む者は,しみじみと悟る。そしてこの若い保健婦のその後のたえざる歩みの目ざすところを予感するのである。全國1萬2千の保健婦たちは,深い共感を以て,この文章を読むであろう。その共感が日本の保健婦事業を支える,目に見えない柱である。
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