連載 私のフィールドノート・2
狐憑きの話
星野 晋
1
1山口大学医学部・文化人類学(医療人類学)
pp.153
発行日 2003年2月1日
Published Date 2003/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662100009
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私がはじめてフィールドワークを体験したのは,大学生時代,20年ほど前のこと。当時山口大学にいらした高桑守史先生(民俗学)のお誘いで,学生サークルによる岡山県のとある山村での民俗調査に参加する機会を得たときのことだ。元来人付き合いが得意なほうではなく,知らない方のお宅に突然おじゃますることには抵抗があった。そのうち茶菓子などいただきながら,お年寄りから話を聞くのがわくわくする体験に変わっていった。そこには,田舎らしいゆるやかな時間の流れの中,生活が,人と人とのつながりが,1人ひとりの人生が確かに息づいていた。
ところで調査における私の担当は民間信仰であった。あらかじめ先生より「狐憑き」については,深く立ち入らないようにと釘をさされていた。「八墓村」の舞台にも近いこの地は,穏やかな山村の風景とは裏腹に,祟りをもたらす落ち武者伝説など,おどろおどろしい話題に事欠かない。とりわけ「狐憑き」は,狭い集落における家と家の付き合い,その屈折した緊張関係を投影する考え方であり,下手に扱うと,村人との信頼関係を損なうおそれがある難しいテーマだというのである。初心者であった私は,先生の指示に素直に従い,当たり障りのない民間信仰一般について聞き取りを進めていた。そのうち10数年前まで,法印さんと呼ばれる修験者が村にいて,占いや病気治しの祈祷などを行っていたという情報を得る。おもろそーやんと,法印さん関連の聞き取りを始めたところ,なんと禁じられた「狐憑き」の話題が,出てくる出てくる。出てきてしまったのだからしょうがない。やめられない,とまらない。
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