連載 水引き草の詩(うた)—ある看護教師の闘病記・1【新連載】
苦痛と不安の日々
藤原 宰江
1
1岡山県立短期大学
pp.392-395
発行日 1988年4月1日
Published Date 1988/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661923132
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目覚めの時
それを何と表現したらよいのだろうか.目覚めはとても穏やかにやってきた.私は意識の底で自分の居るところを探そうとしていた.目を開けようとしたが,瞼は重くて開かない.しかしかすかな金属音や,明るい感じの何人かの男性の声が聞こえていた.話の内容は聞きとれないが,決して不愉快な感じではない.それは,真綿にくるまれた繭の中で聞く物音のように優しい響きであった.私は遠い記憶の糸を辿るように,その情景はいつ頃のものだったかと考えていた.
お正月が近づくと私の里(現在の鳥取市大塚)では,新年を迎えるために沢山の餅を搗(っ)き慣わしがあった.多分旧暦の12月28日頃だったと思う.お餅搗きは朝暗いうちから始められる.障子が白む頃には,せいろがもうもうと湯気を上げ,大きな臼が土間に据えられた.
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