PROFILE
—桐生 禮子—オストメイトの患者会を応援する—「今では患者会の人たちから恩恵を受けるようになりました」
吉
pp.953
発行日 1986年8月1日
Published Date 1986/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661923091
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十数年前までは,外科医にとって癌は手術による救命が第一で,命が助かれば後のことは二の次であった.大腸癌で人工肛門を造設した患者の日常生活などには,看護婦を含む医療者の目は向けられにくかったとも言えよう.
人工肛門造設者への適切な指導がなかった時代は,患者は自分なりに工夫はしていたが,悩んでいた人も多かった.人前に出るのを極端に恐れたり,皮膚のびらんをそのままにしていたり‘患者の悩みは深く,手術後の訴えが多かったからかもしれませんが,これをほっておいてはダメだ,と私たち医療者が思わされてきたのでしょうね’新潟がんセンターや新潟大学の外科医が中心となって,1975年に新潟に人工肛門造設者の患者会‘雪椿友の会’が生まれた.
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