特集 看護(みまも)る心の原風景を見つめて
現場の看護者の心に焦点を
金井 一薫
pp.147-151
発行日 1983年2月1日
Published Date 1983/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661919778
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看護者個々の内的動機こそ大切
いつのころからだろうか,看護の現場が,自らの寄って立つ論理を求めて,実践の記録をつづり,それを一般化しようと努力し始めたのは…….その動きは年ごとに活発になり,各病院看護部の日常の研究業務の一環として,定着してきているようにも見受けられる昨今である.しかしこうした動きの中で,ある傾向,ひとつの方向といったものが,次第に浮き彫りになりつつあると感じるのは,私ひとりの思い過ごしだろうか…….それは,看護の展開において,結果を出すこと,しかも客観的‘データ’という目に見える証拠を作ることに,看護者の目が奪われていて,看護者1人1人が何を大事にし,患者さんとどんなかかわりをもったのかという視点が,欠落しているように見受けられることである.
‘看護研究’や‘事例研究’をまとめるプロセスを経て,看護者が自らの言動を振り返り,その患者さんに適(かな)ったプランを立てていくことは,看護全体が,あるいは看護者各人が成長していく過程においては,確かに大切な動きには違いない.本来的にはそのとおりである.ところが看護の現場では,多くの場合それが外的な動機づけに応じてなされることと関連して,看護者個々入の内的な動機づけが明らかにされないままに,看護集団(チーム)全体の振り返りと,あるべき方向を追求する動きにすり替えられてしまうことが多い.しかもその振り返り方とか,求めようとする方向,角度といったものが,暗黙のうちに定まっているかのようにも思えるのだから,何のための振り返りなのか,何のためのプランニングなのか,と問い返したくなることがある.
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