余白のつぶやき・28
イヤなはなし
べっしょ ちえこ
pp.1309
発行日 1981年11月1日
Published Date 1981/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661919404
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書きたくもないはなしである。が。
Aさんは、東京のどまんなかにある超一流病院で直腸の検査を受けることになった。風邪気味のある朝の突然の血便に、心の臓まで蒼ざめさせられたのである。もしやもしやの暗雲を押しやって、ビジネスライクに検査の予約をとる。そして一週間後の検査当日、通勤ラッシュに揉まれながら、Aさんは郊外の自宅から一時間四十分かけて病院に辿り着いた。着いたときには、もう目がかすむほど萎え干からびて口もきけない。なにしろ初診の日に渡された注意書きを厳守すれば、まる一昼夜半固形物を摂らず、その上これでもかこれでもかの下剤のおかげで、文字通り一気通貫となる。脱水症を防ぐためか、前夜はコップ一杯の水を一時間毎に飲みなさいとあるけれど、これがそう簡単に飲めるものではないのだ。Aさんは、コップを傾けては嘔吐し、嘔吐しながらまた水に挑んだ。“コップに水が一杯欲しいんだ/のどがかわいているから/半杯じゃ少なすぎるし百杯じゃ溺死する”どこかで読んだ詩の一節がふいに浮かんでくる。コップの水で溺れ死ぬ、あり得ることだと彼女は思った。
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