ポイント
悲鳴
二木 シズエ
1
1一宮市民病院
pp.101
発行日 1965年7月1日
Published Date 1965/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661913668
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私は,准看護婦,看護婦の入学式に列席する機会があたえられるたびにいつも感じさせられることは,いまだに,かなりの高い比率で,よきにつけ悪しきにつけ,看護婦教育が医師の手のうちに握られているということである。会の進行も祝辞も男性一色にぬりつぶされている現状にあうと,私たち女性の社会的地位の低さと無力さをおもい知らされる。
そして時には,ピントはずれの入学式の祝辞から,看護婦教育が始まっていることに気がつく。
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