文学
ある世代の証言—高橋和巳「憂欝なる党派」
平山 城児
1
1立教大学文学部
pp.106-107
発行日 1966年3月1日
Published Date 1966/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912681
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21年前の暑いさなか,私たちは,山の上で松の根を堀っていた。また,工場で旋盤をまわしていた。また,人里はなれた谷間で,大砲を磨いていた。また,防空壕の中で,ぼんやりと,空高く飛んで行く,美しい幻のようなB29を眺めていた。また,畑で麦を刈っていた。また,平和な農村で,突然あらわれたアメリカ軍の飛行機の機銃掃射から,逃げまどっていた。また,運動場で,軍服の教官に蹴とばされていた。またふかしたカボチャだけの食事をすませていた。また,逃げ場のない焼夷弾の雨の中にいた。また,めったに食べられない小さな菓子1つが欲しいために軍人勅諭を暗誦しようとしていた……。
昭和5,6年に生まれた人たちは,多かれ少かれ,21年前の敗戦の年には,いまのべたような生活を送っていたに違いない。私も同じ世代に属する人間であるが,故意に,私が「私たち」と書いたのは,もちろん,同じ世代の人びとをさすつもりもあったが,もっと深い意味をもこめていたわけである。
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