とびら
時は流れる
金子 光
1
1東京大学
pp.13
発行日 1963年12月1日
Published Date 1963/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912080
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いわゆる黒潮というものかどうかわからないが歴然と色の違った潮の流れが山形にしま模様をつくり出している美しい海面を眺めているうちに,突然行手に緑の三角の山が,おにぎりのような丸さをもって現われてきた。“八丈富士だ”ととっさにわかった。こんな美しい静かな山が,つい10日ほど前に19人の尊い生命を奪ったとはまるでウソのようだ。そんな残酷な影はこの山のたたずまいのどこからもうかがうことはできない。近づくほどに山一面は緑の灌木が密生している。山道一本もみえない自然のままの緑の山だ。飛行機が右回して飛行場にはいろうとする海岸べりに,これはまた島にはおよそ不似合いな鉄筋コンクリートのホテルらしき高層建築ができかけている。これがあとでわかったロイアルホテルといって,ワイキキビーチにある世界的に有名なロイアルハワイアンというホテルになぞらえて目下急ピッチでお正月にまに合わせる計画のものであるという。
フェニックスの畑,ビンロージンの並木,玉石を積んだ高い石垣と椿の塀,よく整備された舗装道路は想像をこえた自動車の群が忙しげにゆき交わしている。無理もない,東京都だから。船で15時間,飛行機なら1時間足らずできてしまう。2万円あれば1晩泊りでたっぷり南国情緒を満喫できるという寸法。日帰りだって可能だ。八丈は今や離島でない離島だといわれる因子もここにあろう。
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