連載 詩人の話・1【新連載】
古きをたずねて
山田 岩三郎
pp.46-47
発行日 1961年5月15日
Published Date 1961/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911336
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人を訪問するのはたのしいことです。もつとも獅子舞の如く,門付僧の如く,またはセールス・マンのように,戸毎家毎みだりに門を叩き,招かざる客として遇し遇されることは,相方にとつてこころよいものではありません。私も若き日には,ことさらの用件もないのに,なれなれしく他家の扉を叩く不用意なことをしばしばおこないました。それは若さのもつ特権のようなものでもありました。ことに私は詩人でありたい,詩人として生活もたててゆきたいと思つた時に,斯界の先輩格にあたる東京在住の多くの詩人の家居を訪ずれました。同じ道をゆく後輩としてのエチケットでもあろうと思つていたからです。昨今のことは知りませんが,昭和10年代には,官庁や機構の大きな会社などに就職すると,拝命の辞令を受けた当日,その辞令用紙を持って,各部各課の机の間を挨拶をしてまわる習わしがありました。先進の詩人を訪問することは,ちようどそれと同じ当然の礼儀のように私は心得ていたのでした。
こうして歴訪した詩人のなかには,私の方だけで勝手にいだいていた親愛感や,どれほどその詩人の作品に心酔しているかなどと,先方では御存知ない故に,まるで獅子舞か門付のようにあしらう人もありました。勝手に不意に他家を襲つて,そのようにあしらわれたからとて文句のいえる筋あいではないのです。
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