扉
たゞ一つの貝
pp.1
発行日 1960年2月15日
Published Date 1960/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911030
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大阪から南海線にのつて和歌山をすぎ,白浜に至る少し手前に「南部」という小さな漁村があります。最近は町になつた由ですが,町中で最も大きな,立派な建物は,浜辺の松林の中に建てられた鉄筋コンクリートの小学校であるということです。この小さな町に,世界でたつた一つしか発見されていないという貴重な貝を発見した人が住んているということを知つている人は,あまりないでしよう。その人は仮にM氏とよぶことにしましよう。何故なら,その事実がわかつた時,あまたの報道陣がおしよせ,「ここにこの人あり」の番組にのせたかつたのを,「自分はそういう派手なことは出来ない,一介の野人にすぎないのだから」と,堅く固辞されたということですから私もそのお気持を尊重したい。
伊勢湾台風のために3間位も壊されてしまつた防波堤のすぐ内側に,松林の中に点在する木造のお粗末な小さな家があつて,その一軒一軒に聖書に出てくる人の名前がついている。更にそこにとりつけられた最小型の台所,それが,すべて桃やミカンの空箱を利用した棚だの,流しと調理台を兼用させる「モデル設計」だの,小さな窓には網戸もあつて,水道と電燈とはこの広い地域に点在するすべての建物についている便利さ。最も大きい家は本館で,農漁村センター労祈学園の集会室と宿舎,次は兄弟舎といつた具合にある。共有の食堂は海を臨む松林の東方で,コードを持つていけばコーヒーもわかせる文化面もある。
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