扉
“像”によせて
pp.4
発行日 1958年7月15日
Published Date 1958/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910635
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アメリカの首都,美しいワシントンの国会議事堂のある近くの公園に,いくつかの石像やブロンズの像が木立の陰に,又,花だんのわきに建つています。一つ一つみつめているとそれぞれに意味をもち,それぞれに異つた趣きを現わして非常に興味があります。特に私が心をひかれたものは,大きな等身大以上の人間の群像ですが,中央にたくましい若い男性が3人きつと前方を凝視して歩幅も広く行進している姿で,その足許及び3人のまわりには,小さい子供を抱えた若い女性や,老婦人など重り合うようにしてこの3人の若い男性にすがりついている光景です。そしてその女性の1人1人の表情の,何と悲しさや苦しさにみちみちていることか。もうとても耐えられないといつた感情が,実に巧みに表現されていました。私は一見してこれは戦争を悲みなげくものであることを直感しましたが,第2次世界戦争で敗戦した直後の昭和23年のことでしたので,私の胸は,呼吸の出来ない位苦しくなつて来ました。それから同じワシントンにある赤十字本社を訪れた時,本館の中庭の静かな緑深い木立の一隅にベールを深々とかむり,壁を背にうつむいている女像をみました。その真下にいつて見上げないと顔は見えないのでしたが,その顔の何と静かなしかし苦悩にあふれた暗い表情にびつくりしました。しかしこれは,従軍して生命を捧げたナースの悲しみを表現しているものだときいて,深く心に刻みこまれたものがありました。
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