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外国映画鑑賞の手びき
野口 久光
pp.54-56
発行日 1957年6月15日
Published Date 1957/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910376
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「道」
(伊ポンティ・デ・ラウレンティス作品)
数年前東京で開かれたイタリア映画祭に出品された時私は大へん感動したが,どういうわけか日本公開が今日までのびのびになつた。イタリアでも受賞,アメリカでは今年アカデミイ外国映画賞を獲つているが,このような不思議な魅力をもつた映画はそうざらにあるものではない。監督のフェデリコ・フェリーニは数本の作品で既に一流の監督と目されている新進であるが,彼は優れた映画作家であるとともに,優れた画家でもあり,詩人でもある。野獣のような旅芸人の力男ザンバノ(「ノートルダムのせむし男」のアンソニイ。クィン好演)が,貧しい少し頭の変る少女ジェルソミーナを助手として貰い受け,旅廻りをする。ザンパノはそのうちに暴力でジェルソミーナを妻にしてしまうが,彼女はローマの郊外で若い綱渡の男で「キ印」と綽名されている男と愛し合うようになる。どちらも少し頭のおかしい同志だが二人はいじらしいほど人間的に触れ合う。これを知つたザンパノは嫉妬心からキ印を殺してしまう。ザンバノはやがて病気になつたジェルソミーナを棄ててしまうが,数年後に,その死を聞き,ジェルソミーナを失つた人間としての悲しみに慟哭する。まともでない三人の主人公の奇妙な行動,表情,運命,そうしたものを追い乍らこの映画の作者は人間の赤裸々な愛慾ばかりでなく人間の悲しさを表わしている。
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