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扉 千歳駅で逢つた人
pp.5
発行日 1954年2月15日
Published Date 1954/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909501
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二重にはめこまれた窓硝子に,今少し前から降りはじめた粉雪が音もなく吹きつけてはとまつている北海道の初冬の汽車の旅。暮れかけた窓外の空を,眞白におゝわれた広い雪の原をぼんやり眺めながら,今頃からこんなに雪が深くては,これから来年5月,雪が溶けるまでの半年余りの生活は,どんなに勞苦が多いことだろうと考えているうちに,汽車は速力をゆるめて千歳駅に入つた。
こゝは米軍のキャムプがあることゝいろんな意味で有名になつた町。国と国とのやりとりだから致し方のないことだけれど,困つたことだなどと思いめぐらせていると,急にドアが勢いよくあいて,絣モンペに風呂敷を頭にかぶり,かつぽう着に長靴といういでたちの女の人が3人,私の座つている車掌室の横に入つて来ました。“あゝ寒い,寒い”といゝながら眞白に汚れた軍手をぬぎ,手まで汚れているのをみて苦笑し,私の方をみて笑い“洗う暇がなかつたもんネ”と,隣の人にいつている。私は“又降つて来ましたネ”と,愚にもつかないことをいつてしまつた。でも私が声を出したので相手は氣安くなつたらしく,健康な人の好さそうな顏をほころばせて“トラックがおくれたもんでネ”と又いつている。
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