連載小説
三つの輪
關口 修
pp.52-56
発行日 1953年4月15日
Published Date 1953/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661907285
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(1)一本の草
目がさめると雨だつた。煙のようなこまかい雨が降つていた。窓ガラスがほの白く目に映つて,まだ部屋の中には夜の翳がのこつている。それがだんだんに曉の色でうすれてゆき,時折り軋しむ電車の音が響いてきた。それを耳にして治子ははじめて,自分が東京に來ているのに氣がついた。すると瞼に,輪廓のないエーテルの波動のような,昨日からのいやな記憶が浮び上つてきた。
田舎の病院での5年間の勤務生活……たのしいものではあつたが單調だつた。それに新らしく見習の龍子が來たので,一先ず暇をとり東京の○○病院に履歴書を出したところ,「面接の上採用」という返事だつたので,昨日一番列車で上京した治子だつた。山手線の高田馬場で乗り換え,道々尋ねながら辿りついた病院の階段をのぼりきつてドアを叩いたとき,顔を見せたのは,眠りの足りなそうな同じ年頃の看護婦だつた。その看護婦は,怯えるようにオズオズと口上を述べる治子をヂッと見つめていたが
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