発行日 1951年2月15日
Published Date 1951/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906806
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世にも愚かなること
戀愛を論ずるほど易しいこともないが,戀愛を論ずるほど難しいこともない。というのは戀愛こそ,最も人間らしい行爲だからである。人間らしいとは,人間の持つあらゆる矛盾がそこに端的に現れるという意味で,人間らしいのである。あらゆる人間が二つの目で見,二つの耳で聞き,一つの口で語る。だから人間のすることは,常に似たりよつたりである。つまり類型的である。と同時に,人間のすることは常にどこか違つている。つまり特殊である。戀愛をするほどの人々が,つねに地球上にかつて生きていた人間が經驗したこともないような經驗をしているように感じるものだけれど,わきからみておると,誰もがやる極めて平々凡々たることがらのくり返えしに見えるのは,そのせいであつて,戀愛を永遠に古くして新しい問題だとするのはこゝである。古來幾千という文學者が,戀愛を主題として,無數の小説を書き,無數の詩歌を詠つてきたけれど,なおかつ戀愛を語りつくすことができない。無限に豊富な寶庫なのである。
このような複雑かつ微妙な問題に,普遍妥當な原則をでつちあげようとしたつて成功するはずはないとも言えるし,また何を書いたつて,あてはまるのだとも言えるのであつて,ちようどバッハやベートーヴエンの音樂を聞くことは,すばらしく樂しいことだけれども,それを論ずることはさつぱり詰らないようなもので,戀愛を論ずることこそ,世にも愚かしいわざだと思う。
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