発行日 1951年1月15日
Published Date 1951/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906793
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過失は常に不幸に終るでしようか
いろいろの仕事の際に時々過失を起すことは誰にもあることです。その過失で取り返しのつかない不幸や損害を起すこともありますが,又その過失が動機となつて更に良い發見や進歩がなされて,そのために過失の損寄や不幸を償つて餘りあることも屡々あるのは—歴史と云う程でなくても—有名な發見や發明の發達史上に度々見られることです。今その1,2の例を擧げて見ますと。
最近湯川博士の受賞で我々日本人にも一層親しみを感じられているノーベルがノーベル賞金の基本金になる互萬の富を得るに至つた動機が矢張その1例です。ノーベルはその父と一緒にスエーデンで,工業用の爆藥のダイナマイトになるニトログリセリンを發煙硝酸,濃硫酸及びグリセリンで製造していました。この爆藥ニトログリセリンは液體で,少しの衝?や動搖でも烈しく爆發を起す危險な性質があります。それでその取扱いが非常に難しく且つ危險でした。ところが或る日その工場の1人の工員が過つてそのニトログリセリンを地上の砂の上に零してしまいました。そして非常に驚き且つ掃除の際の危險を惧れましたが,ノーベルはその砂を少し取り上げて靜かに點火して見ると別段爆發せず徐々に燃えることを知りました。しかし衝撃的に急に點火すると最初の爆發する性質を少しも失つておらず爆發することも認めました。
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