発行日 1950年3月15日
Published Date 1950/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906622
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
§迷信は國民の健康にどう響くか
この問題を考える前に迷信とは何ぞやという定義にふれておく必要があるのだが,この點については私は餘り深く論じないことにしたい。というのはギリギリのところまで論じつくすと,どうしても宗教論にまで入り込む必要が生じてくるし,そうなると「宗教は阿片なり」と單純に割り切れる人は幸福であるけれども,我々凡俗はそこまで斷定するには餘りにも淺學であり思索が足りないことを自覺している。だからこゝでは迷信とは餘りにも荒唐無稽で,現代の自然科學でそのナンセンスであることが一見して明らかなような愚かしい信條や行動を指すということにして,議論を極端にまで押しつめないことを許して頂きたい。例えばフランスはおろか歐米を沸きかえらせているル丶ドの奇蹟などを迷信なりや正信なりやと論じたりする氣持は無い。いかにも不徹底であるけれども,それは筆者の未熟のなせる業であつてどうにもならないのだから,オフ・リミットなのである。
迷信の中にはもう誰もその由來を知らないほど國民生活の中に融けこんでいて,醇風美俗として,大して實害を伴わないものもある。例えば大安,佛滅,友引といつた暦の迷信である。中國傳來のもので五行説や十二支から起つた何の證據もない迷信であることは確かであるけれども,さし當つて國民生活の上に大きな害は無いと思う。
Copyright © 1950, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.