連載 カラーグラフ
JJN Gallery・5
『手にジギタリスの花を持つ医師ガシェの肖像』—ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ画
酒井 シヅ
1
1順天堂大学・医学部医史学
pp.390-391
発行日 1996年5月1日
Published Date 1996/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661905073
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オランダの田舎ズンデルトの教師の家に生まれたゴッホは,子どものときから素晴らしい絵を描いた.しかし,その才能が世に認められたのは不幸な死のあとであった.美術商の店員となってロンドンに住んだのを振り出しに各地を移り住み,パリの近郊オヴェールで最期を迎えたが,医師ガシェの肖像はその地で描かれた.2人の出会いは,ゴッホと同じように精神を病んでいた弟テオのすすめによるものであった.精神科医ガシェにゴッホが自画像を見せたところ,それと同じ調子で肖像画を描くことを求められて,描いたものである.手に持ったジギタリスは「孤の手袋」という名の多年草であるが,イギリスの田舎で浮腫にきく民間薬として使われていた.それが心臓病の特効薬でもあることがわかり,この頃,評判の高い名薬になっていた.それで医師を象徴する草花として置かれたのであろう.
ゴッホとガシェの付き合いは好調に始まった.「ガシェは精神を病んだ人であるが,いかにも医者らしい人物だ.医者としての職業と信念が彼を支えている.もう僕らはすっかり仲良くなった.……僕をここにとめているものは,ガシェ以外なにも,絶対になにもない」とテオに手紙で知らせている.しかし,有名な耳の切り落とし事件の前のゴーギャンとの共同生活と同じように,1か月も経たないうちにガシェを憎んでいる.「ガシェは自分より,あるいは同じくらい病んでいる.ガシェに頼ってはだめだ」と言って,ガシェと完全に決裂した.
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