特別寄稿
私が見たアメリカ出産事情とその後のニッポン
天宮 美智子
pp.659-664
発行日 1989年8月25日
Published Date 1989/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611207673
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はじめに
私は1977年から86年まで9年間アメリカに滞在し,その間2回の出産を経験した。それぞれの出産は,保守的な中西部アイオワ州と,リベラルと言われる西海岸カリフォルニア州という全く違った土地柄・環境の中で行なわれ,両者の体験の質も,そこで関わった人々の種類も異なっていた。その結果,出産をめぐるアメリカでのさまざまな現状に目を開かれるとともに,その知られざる側面や,変革のただ中でのあり方をも垣間見ることが出来た。
アイオワでの第1回目の出産は,私にとって色々な意味で不本意なものだった。夫と助産婦の介助による自宅出産,いわゆる「ホームバース」を目ざしながら,それとはかけ離れた,病院での帝王切開分娩という結果に終わってしまったからである。しかも,そこで私は,陣痛促進剤による人工的で強烈な痛みに耐え,胎児モニターによって終始「監視」され,あげくには全身麻酔をかけられて,わが子誕生の瞬間すら見届けることが出来なかった。自然な出産,主体的な出産を欲していただけに,夢が破れた思いは当初ぬぐい難かった。望み通りに元気な女の子を授かったとは言え,初めての出産での「失敗」は,その後も心のわだかまりとして残ることになった。
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