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8.要約
(1)日本の伝統的な価値観によれば,子どもを生み育てることは女性の役割であり,しかもそれは男性・女性の家庭における役割構造において厳然と明確に区分されていた。これは世界的にみても,日本人の生活構造の1つの特徴でもある。
そのため,女性は子どもを生み育てる性として,社会的にも責任を負わされ,自らの理想や希望も犠牲にせざるを得なかった。一方,婦人の地位の向上とともに若年層の女性にとっては母としてよりも,その前に1個の人間としての生き方を追求する傾向があり,女性にとって子どもを生み育てることが,かなりの負担となっていることは見逃がせない。このことは,この調査結果が示すように人生経験豊かな高年齢層の女性ほどピル解禁賛成理由として"子どもが計画的に生める"ことをあげ,若年層の女性ほど「女性に子どもを生む選択権が与えられる」ことをあげていることからもうかがえる。
人間は胎生動物であるから,胎児は女性の子宮において発育はするが,母親と胎児と健康管理,とくに精神衛生の面から言えば,夫である男性の協力なくしては健康な子どもを出産することはできない。ましてや子どもを育てることについては言を待たない。両親は子に関する事項について,平等の権利と義務をもたなければならない。先進諸国においては子どもを生み育てることは男性・女性両性の責任である考え方が定着し,男女共修による責任ある両親教育,男性に対する育児休暇制度が行なわれている。
この調査結果は現在においても,いかに子どもを生み育てることが女性の社会的責任と,生きがい,幸福と強く結びついているかを示している。多くの大学卒業の女性は就職するが,子どもを育てることを社会的責任,あるいは生きがいとする者が全体の69.4%もおり,そのうち,現在職業を持ちながら,なお,子どもを育てることに生きがいと,社会的責任とする者が78.5%おり,職業経験のない若者71.6%よりも多いことは興味深い。
優生保護法改正反対の理由として,中絶しにくくなると困るのは女性であるという意見が約40%あったが,このことは女性の側に性に対する被害者意識のあることを示しており,①性および子どもを生み育てることについての平等,権利,責任,②家事労働および育児についての知識と技術を,男性も女性も学習する必要がある。
(2)日本の社会構造はヨコ関係よりもタテ関係が強いとよく言わているが,結婚の目的,家庭の役割,子どもを生み育てることの意味について,この調査結果は家族社会におけるタテ関係からヨコ関係への移行を物語っている。すなわち結婚の目的について子孫の存続と答えた者が16.1%,家庭の役割については先祖の祭・供養4.0%,子どもを生み,育てることの意味については,夫婦の絆,子孫の存続,老後保障を合わせて13.3%にすぎない。
このことは希望する子どもの数に関係しており,子どもは持つがその数は少なくという有子少産型を理想のタイプとしている。また子どもはいらないと答えた者が7.5%もあったことは興味深い。
現在の日本においては子どもを生み育てることについては母子一体の価値観を持っている者が多く,厚生省においても母子保健の名称のもとに施策が行なわれており,母親のいない父子家庭はこれらの施策の対象になりにくいきらいがある。
欧米においては女性は性のパートナーとして女らしく育てられるが,日本においては妻として,母として女らしく育てられる。このことはこの調査結果の家庭の役割についてもみられるように,家庭はまず,労働力再生産の場であり,次いで人間の再生産の場であり,次いで夫婦生活を営む場となっている。結婚の目的において,ヨコ関係の強い精神的な幸福を極めて求めているにもかかわらず,現実はタテ関係に組み込まれる傾向にあり,そのギャップは大きい。そのギャップをうめるために学校教育において,現実に根ざした家庭生活教育,両親教育,人口教育を導入する必要があろう。
また現状況において女性が独立した個人として生活をするために,子どもからできるだけ分離して行けるような施策が期待される。女性の平均寿命は世界の最長寿国なみの75.9歳であり,ライフ・サイクルからいっても子どもを生み終えてから,36年近くの年月がある。男性の平均寿命が70.5歳であるから未亡人としての生活も5.4か年になる。女性の一生にわたる生活設計の中で,どのように子どもを生み育てる時期を位置づけるかが,現在の女性にとって最も重要な課題である。
(3)子どもの数を決めるのに,過半数が生まれ出る子どもの将来と,親としての責任を考慮して決定している。とくに決定条件を考える必要なく自然にまかせる者が6.6%ある。社会的に人口問題と子どもの将来を考えて決めるという者が,20代に多いことも特徴的で,日本の人口問題解決へのがもてる。
この調査示結果は豊かな時代に育った20代が経済的事由により優生保護法改正反対を唱える者が多いことを示している。これは自分たちの生活水準,生活の質の問題を考えるからであり従来の"食べられさえすれば子どもは多いほど幸福であり,国家は人口が多いほど繁栄するという"という価値観はもはや過去のものとなりつつあることを物語っている。しかし一方20代が「子どもを生み育てる時期」に当面しておりながら,中絶問題について自分たちの問題として余り捉えられていない。また,優生保護法や中絶についての世界的傾向など,性の社会的側面について関心が薄いことをこの調査結果は示している。
(4)避妊・人工妊娠中絶について,この調査結果は,このことが自然の摂理や神への冒とく感といったような罪悪感は稀薄になり,とくに若い世代ほどその傾向は強く,また一方現代の個人主義,性の開放的思潮がとうとうと流れ,女性の意識が大きく変化しつつあることを示している。
希望する子どもの数は3人であるが,現実の子ども数は2人にとどまっていることをこの調査結果は示しているが,3人目の子どもを生むか生まないかが避妊・中絶についての意見の分かれるところである。子どもを生むことについては生命の尊重と同時に,生まれ出る子どもの生育環境と幸福を考慮に入れ,責任ある親としての自覚と主体性をもって子どもを生まなければならない。
計画出産の原則は—"望まない妊娠"は絶対に回避することであり,妊娠中絶よりも避妊の方式を定着させることである。優生保護法改正は出産前の生命に中心をおいた考え方が強く,出生後の生命の保障,幸福条件については余り考えられてはいない。この調査結果において優生保護法改正反対の理由として,とくに30代から40代になるにつれて上記のことをあげていることは母親としての実感がこめられている。
現在,刑法改正論議が盛んに行なわれているが,隋胎罪は残されている。一方中絶を厳しくし,一方で堕胎を取締るのでは,女性はどうすればよいのであろうか。
(5)ピルの使用解禁については,この調査結果は副作用のないピルの研究あるいは避妊技術の開発があらゆる意味において強く望まれていることを示している。人間の生命を認める時期については胎児期とする者が45%で最も多いが,この胎児期は10か月にもわたる期間であり,計画出産の見地からすれぼ出産時16.7%,受精時が22.0%であることにかんがみ,母性保護をも考慮に入れて人間の生命を認める時期を明確に受精時とし,妊娠中絶よりも避妊技術の開発を行ない,受胎調節指導を生活技術として行なうことが希望される。
ピルの使用解禁が女性解放の突破口となることは明らかであるが,ピルの使用による性の快楽と生殖の二元化問題についてはどのように考えているのであろうか。日本人は欧米人に比し,結婚志向が極めて強く,一生未婚で過ごす者の存在が社会的に認められていない傾向にある。また結婚適齢期が厳然と存在しているといわれている。
この問題について,調査結果はピル解禁賛成派で"性を自由に楽しむことができるから"という理由のもの6.1%,反対派で"女性の純潔が失われるから"という者3.9%,"性道徳の乱れる"という者35.6%,"女としての幸福感が得られない"という者1.3%で,性の開放度は低いことを示している。
(6)子どもを生み育てることに関する働く女性と主婦専業女性との意識と行動について
この調査結果は主婦専業女性のほうが社会責任型を,働く女性は人間としての意識にめざめた独立人間型が多いことを示している。希望する子どもの数も現実に生んだ子どもの数も主婦専業女性に多いにも拘らず,子どもを育てるのは社会的責任であるとその意義を見いだし,子どもへの十分な教育,子どもの性格形成,人口問題と子どもの将来(3つの上位子どもの数の決定条件)を考えて,子どもの数を決定している。働く女性は子どもを育てることに生きがいを感じ,家庭と職業との両立,子どもへの十分な教育,子どもの性格形成を考慮して子どもの数を決めていることが浮彫りにされた。優生保護法改正,ピル使用解禁問題にしても主婦専業女性よりも,働く女性のほうが賛成・反対の双方ともはっきりした意見を持つ者が多い。また,この調査結果は退職した者に2児が多いことを示し,2児以上を持ちながら職業と家庭を両立させることは,社会保障制度の未だ整備されていない日本においては非常な努力が必要であることを示している。
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