らいぶらりい
—バルザック著 宮崎嶺雄訳—谷間の百合
杉浦 衛
pp.46-47
発行日 1967年1月1日
Published Date 1967/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203330
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1822年といえば,144年前,この小説にとって重要な意議のあった年でありました.「厳格な母親のため絶えず満たされぬ愛情に苦しんでいたバルザックにとって,貴族社会の優美な伝統と繊細な話術を身につけ閑雅な住居に豊かに住みなしているこの美しい夫人」その美しい夫人に何度も書き直して,さし送った最初の恋文の年でありました.
ルイズ・アントワネット・ロール・ド・ベルニー夫人,(この小説のヒロイン・モルソーフ夫人)は,すでに40歳をこえていましたが,容姿の美しさは少しもおとろえず,鋭い才気と,豊かな教養を備えて,青年バルザック(22歳)の前に現れたのでした.そのときのことを小説のなかで次のように書いております.「たちまち私は女の芳香を感じ,それは私の魂のなかに,あたかも,その後東方諸国の詩が輝いたように輝き渡りました.私はその婦人の方を眺め,そしてたちまち……この女性に幻惑されてしまいました.……あなたが私のそれまでの生活というものを十分理解して下さったとすればそのとき私の心に湧き起こったさまざまの感情もわかっていただけるだろうと思います.私の眼はいきなり真白な,むっちり盛り上った,それこそその上を転げまわれたらと思うような,肩にぶつかったのです.
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