巻頭随想
私は新しい産院を夢みる
小林 隆
1
1東京大学産婦人科
pp.9
発行日 1966年1月1日
Published Date 1966/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203103
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あの有名なゼンメルワイスが産褥熱の原因を喝破してからこのかた,細菌学の進歩と相俟って分娩は厳重な消毒や滅菌のもとになされるようになり,一方赤ちゃんは外界の感染源から遮断された新生児室に収容されて,そこへはわれわれ医師や看護婦でさえも,手の消毒,ガウン,帽子,マスクなどの着用なしには出入出来ないまでになっている.正にゼンメルワイス理念の絶頂といってよく,また近代医学の赴くところの必然でもある.しかし母児のためのこのような合理的な環境を所蔵する病院そのものは恐るべきいろいろな感染源を持つ病人の溢れているところであり,一方病院全体の雰囲気としても,そこには苦悩にうめき悲痛に閉ざされ,次々と死亡さえも起こっている場所であることを思うと,誠に皮肉である.人生の暗さを象徴する場所で,祝福と喜びと希望に満ちた出産が行なわれるという組合わせやコントラストはどういうことなのであろう.このコントラストを比喩的にいいかえれば妊産婦は沙漠の中のオアシス的存在であり,強悪な疾患や細菌の側からいえば,幼稚園が陰惨な刑務所の中におかれているようなものだといってもオーバーではないかも知れない.
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