インターホン
教えられた摂理の妙手
野見山 トミヱ
pp.44-45
発行日 1964年12月1日
Published Date 1964/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202885
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第1話
これは随分古い話である.けれども私には忘れることのできない貴重な教訓であった.開業21歳大正12年,あれから40有余年分娩介助のたびに「自然を待て!」という声が私の自重をうながしたものである.
それは開業して3,4か月の頃,先輩の助産婦氏が分娩されるので,2か月あまり加勢に行ってたときの話である.若さは若し時は秋,どこまでもどこまでも青い澄み切った高い空,心も軽くペダルも軽く,鼻歌気分で沐浴往診の途中,どこからか聞えて来る山羊の泣声.私はペダルの足を止めた.普通の泣声じゃない,何かある.どこで泣いてるのだろう.どうしたのだろう.普通は人をからかうような軽い泣声なのに,これはまた恐ろしく腹に力を入れたような泣声である.田舎道右方は段々畑,左側は1メートル位低く稲刈のすんだ田んぼである.田を300メートル横切って行った,向うに小高い丘位がある.山羊の姿は見えないけれど,その丘の上で泣いてるようだ.私は道の端に車をつき立てて田を横切って丘に登った.いたいたあまり大きくもない山羊,4本の足を投げ出して横になっている.「どうかあるとな,たいそう力を入れて泣きよんなるが」と話しかけながら腹をなでてやっていると,さも気持よさそうにしていたが,腹が何だか堅くなって来たように思っていると,メエエーッと力を入れた泣声をあげて立ち上がった.
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