当直医日誌
教えられること教えること
福井 次矢
1
1聖路加国際病院内科
pp.57
発行日 1977年11月1日
Published Date 1977/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541206378
- 有料閲覧
- 文献概要
9月○日土曜日晴
土曜日の当直は正午から翌日の朝9時までの長丁場であるが,きょうは他科のローテーションを終えてきたDr.Sが副直になっている.内科病棟の様子を聞くと,4人の患者がDIC (播種性血管内凝固症候群)を起しているとのこと.悪性腫瘍や敗血症に伴って急激な血小板およびフィブリノーゲン減少とフィブリン分解産物の増加,出血斑などを呈し,すでにヘパリン静注と血小板輸血を始めている.そのうち,膵頭部癌にDICを合併している58歳の女性はDr.Sの受け持ちである.
夕刻までは何事も起らない.われわれの病院では,病棟医が4か所の内科病棟を4か月ごとに交代していくことになっているが,2か月前まで受け持ちであった48歳の女性の様子を見に行く.右側腹部痛と発熱を訴え,腎盂腎炎の疑いで入院してきたが,左鎖骨上窩に硬いリンパ節を触れたことによりBorrmann IV型の胃癌が発見され,化学療法を行っている.ある大学の助教授である彼女は,病名を胃潰瘍と告げられており,数か月後にはまた学問に情熱を傾けることを楽しみにしていた.しかし,ここ数週間の憔悴は著明で,腹水と肺転移が新たに加わっている.病室に入った瞬間から彼女は僕の眼を見つめて離さない.現在の体調を尋ねる間も,診察を行う間も視線は注がれたままである.子供のように美しい眼で,強く,かといって非難するでもなく悲しそうに見つめている.
Copyright © 1977, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.