講座
妊娠貧血
本郷 基弘
1
1岡山大学医学部産婦人科
pp.46-51
発行日 1963年3月1日
Published Date 1963/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202509
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1.はじめに
妊娠によって母体に貧血が起こることは,古く1836年のNasseの報告以来,内外の数多くの研究業績によって明らかにされて来た所である.しかるにわが国で現在の産科実地診療にあたって,妊婦の貧血検査を必須検査としてとり上げ,貧血妊婦には進んで治療を施して,全員貧血のない状態で分娩に臨ませるように努力している病院は数少ないのではなかろうか.
この理由として,まず,従来の妊娠貧血に対する概念が生理的水血症であるとしていたことを取り上げなければならない.従来の産科教科書の説くところによれば,妊娠により血漿量が25〜35%増加するにも拘らず,血球量,血色素量の増加は13%,20%にしか過ぎず,その結果として血球,血色素は稀釈によって減少を示し,いわゆる生理的水血症を惹き起すのだと説明し,この水血症によって分娩時の出血に際して血球や血色素の損失を最小限にくい止めるよう神が巧みに創造してあるのだと,もっともらしい理由が附されている.後述のようにこの見解は当然に訂正されるべきであり,「生理的」という字句も書物から消える日も近いことであろう.次に,妊娠貧血の自覚的症状が妊婦にあっては非特異的なものであり,腹部膨大や自律神経機能失調等の生理的な妊娠現象に由来した原因で惹起される自覚症と一般的な貧血自覚症とが非常に似通っていることが妊娠貧血の診断,治療を等閑にする第二の理由であろう.
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