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歌舞伎の所作事
pp.40-41
発行日 1955年7月1日
Published Date 1955/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200884
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毎月の歌舞伎の興行に所作事(踊り)が入るのは今も昔も変りがない.一番目中幕,二番目,大切(大喜利)と演し物の順序がきまつていた時代ならば中幕と大切は所作事となるのが通例であつた.今ではその順序も全く乱れてしまい,場当り的な並べ方をするようになつたので所作事のはさまれる場所も一定していないが,それでも全然所作事なしの興行というのは見られないようである.忠臣蔵の通し狂言が上演されるような時でも必ず「道行旅路の花聟」(お軽勘平)か,「道行旅路の花嫁」(八段目の道行)が上演されることになつている.それほどに所作事と歌舞伎芝居とは切つても切れない縁でつながつているのである.もつとも歌舞伎のそもそものはじまりは出雲大社の巫女お国の「かぶき踊り」であつたのだから舞踊が歌舞伎芝居の中で大きな地位を占めていても不思議ではないはずである.古来有名な歌舞伎俳優が芝居の芸に秀でていると同時に優れた舞踊家であつた場合が多いのもこのためである.もつとも踊りと芝居とではその性質が根本的に違つているから踊りの達者な役者が必ずしも芝居上手であるというわけには行かない.たとえば老齢にもかかわらず今以て歌舞伎の舞台に生きている文化財を見せている阪東三津五郞も舞台では至宝たるに恥じない芸を見せているが芝居となると独特の口跡がわざわいして余りパツとした芸は見せていない.
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