紙上美術展・2
大和の春—東大寺①
金子 良運
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1東京國立博物館美術課
pp.22-23
発行日 1953年5月1日
Published Date 1953/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200344
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葉櫻にはなつてしまつても,まだ藤の蕾までには少し間のある頃。その頃になると大和の平野は丁度盛春の日ざしに包まれて,ウラウラと立のぼる陽炎の中に沈んだようにさえ見えます。そしてただ独り今は訪う人もない大極殿の跡に佇んで去ぎし1,200年の昔に想を馳せれば,朱雀大路を中心に左右の二京互に朱の柱と縁の瓦日に映えて,青丹よし奈良の郡とその威容を誇つた平城京が忽然と目に浮び,耳を澄せば殿上人のきららに大路をうたせる馬の蹄の音さえ聞えるような錯覚を起します。まさに一場の白日夢とでも云いましようか。
東大寺はこの平城京跡の東,三笠山のスソの傾斜地に建てられています。南大門を入るとその正面に右手に宝池を控えた中門と廻廊が,そしてその内に大佛殿が聳えています。大佛さまは正しくは毘盧舎那如来と呼ばれ,鎭護国家万民豊楽を祈念された聖武天皇の御発願によつて,天平勝宝元年(749)10月総国分寺(東大寺の本尊として造られたものです。現在の大佛さまは高さ5丈3尺5寸,写真の中程に見える欄干の擬宝珠が大体人の高さと考えれば,大略その大きさを想像する事が出来ましよう。しかし残念ながらこの素晴しい佛像も,決してもとのままではなく,治承4年の有名な平重衡の東大寺燒打以来度々の災害によつてその尊容を次第に失い遂に江戸時代の大修理を経て今日に至つたわけで,当初の面影は僅かに台座の蓮辨と膝の一部に偲ばれるにすぎません。
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