お産の俗信
滿潮に人が生れ干潮に人が死ぬ
日野 寿一
1
1東大
pp.49-51
発行日 1952年11月1日
Published Date 1952/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200216
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いたるところ原始林に蔽われ,人智未だ開けなかつた古代は,暗夜の外出は何びとにも安全ではなかつたであろう。人は猛獸毒蛇の襲撃を恐れて,夜は樹上に眠り土穴の奧深くかくれ,月の明るい頃若い男女が出でて性行動をとつたものと想像される。このような時代が長く続いた結果,婦人の性ホルモンの分泌がいつしか月の満ち缺けと一致した約4週間の周期性をもつように自然に調節されたものと推定せられている。文明が進み,猛獸毒蛇を征服し,堅牢な建築物に住み,人工照明を自由に利用し,性行動も月の朔望と無関係に行われるようになつてからは,婦人の性周期は月の運行に同調させる必要がなくなり,現代では3週間型・5週間型の月経周期をもつ婦人も多くなつた。
月経に関係の深い妊娠の経過も月を單位として数えられ,太陰暦ではちようど10カ月になるので都合がよい。太陽暦を採用している文化国でも今なおその習慣を残している。月の出沒と密接な関係にある潮汐現象も月経に結びつけられ,少女に初めて月経が起ることを初潮とか月華来潮とか言い,月経が規則正しく反復することを月信紅潮と言う。潮汐は月の運行に伴つて周期的に満干し,月経は月單位に繰返す血液の満干とも考えられたからである。血液を昔は血潮とも言つた。これらのことから連想は不連続線を劃して飛躍して人の生死に及び,
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