Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
アガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』—精神障害者と冤罪
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.542
発行日 2024年5月10日
Published Date 2024/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552203120
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1936年に発表されたアガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』〔堀内静子(訳),早川書房〕では,最初はA町でAという頭文字の老女が殺され,次にB町でBという頭文字の若い女性が殺され,さらにはC町でCという医師が殺されるという連続殺人事件が起きる.しかも,いずれの場合も事件の直前に探偵のポアロ宛てに「ABC」と署名された挑発的な殺害予告の手紙が届いたため,ポアロと相棒のヘイスティングズとの間では狂気を危険視する次のような会話が交わされる.「たぶん,どこかのいかれたやつでしょう」「頭のいかれたやつはとても危険なんです」.
ポアロはまた,「狂気とは,恐ろしいものですよ」とも語って,狂気の危険性を強調するのだが,著名な司法精神科医であるトンプスン博士は,「狂った人間に動機などあるんですか」という問いに対して,「もちろんあります.きわめて有害な論理が偏執狂の特徴のひとつでしてね.その男は,自分は牧師を殺せと神に命じられている,と思いこんでいるかもしれない」と,狂者には狂者なりの動機や論理があると答えている.
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