Sweet Spot 映画に見るリハビリテーション
「ぼくたちの哲学教室」—暴力の連鎖や戦争を哲学で止めるという小学校の試み
二通 諭
1,2
1札幌学院大学
2札幌大谷大学
pp.1025
発行日 2023年9月10日
Published Date 2023/9/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552202937
- 有料閲覧
- 文献概要
1960年代末に勃発した「北アイルランド紛争」は,1998年の和平合意に至るまでに,約3,600人の死者を出した.16世紀の宗教改革をルーツとするカトリックとプロテスタントの対立が,アイルランドでは,ナショナリスト(アイルランド全島で1つの国家となる)とユニオニスト(北アイルランドがグレートブリテンと連合している現状を維持)の暴力的諍いになった.2022年アカデミー賞脚本賞を受賞した「ベルファスト」は,1969年8月,平和な日常が崩れ去ったベルファストの街を9歳の少年の目から捕捉したものだった.
ドキュメンタリー「ぼくたちの哲学教室」(監督/ナーサ・ニ・キアナン,デクラン・マッグラ)は,コロナ禍前後のベルファストにあるホーリークロス男子小学校で哲学を学ぶ子供たちと教師を被写体としている.現下のベルファストは,対立と分断を宿しつつ,「平和の壁」と称する物理的障壁の「効果」なのか,「平和」が維持されている.となれば,子供たちには,この機に平和を身体化させておきたい.日本も78年にもわたり平和を継続してきたが,その土台には,平和教育があった.ここではそれに代わるものとして哲学がある.ちなみに,平和教育の歴史を遡るなら,近代教育の父といわれるチェコ・スロバキアのコメニウス(1592〜1670)に行き着く.背景には,祖国を破滅させ,全ドイツを悲惨きわまりない状態にした三十年戦争がある.破滅的な戦争は,時に平和教育を欲望し,起動させる.
Copyright © 2023, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.